想い

※(一社)日本植木協会さまの会報誌「緑化通信」第508号(令和7年1月発行)に、弊社の社園紹介が掲載されました。 この投稿はその内容を再構成したものです。


社園さん紹介 (有)伸松園 (静岡県浜松市)

浜松のプライドとして“意地でもマツを作ってやろう!”と言う社長の小畑勝裕さんと、なんと国立大学の法学部卒で一時は全く違う分野で就職して30歳を前に稼業を継いだ4代目の直也さんに、植木屋さんのチャレンジについてお話を伺いました。

右から社長の小畑勝裕さん、息子さんの直也さん、息子さんの晄大くん(3歳)直也さんの奥様の舞さん、勝裕さんの奥様の明子さん

🎤時に、圃場を公園のような遊び場にしているきっかけは?

小畑直也さん:「以前、市内のボランティアに参加した時、学童の運営者にプレイパークの話を聞き、その頃、私に息子が出来たことも重なり興味を持ちました。公共の公園では、火を使用したり木登りしてはダメ等と様々な制約がありますが、うちの畑なら制約もなく子ども達を自由に遊ばせることが出来るのでは?と思ったことが、きっかけです。私が子どもの時は、思いっきり家の畑で木登りしたり、走り回っていた記憶がありますが、今はそういう場所が少ないようです」。

🎤遊び場イベントではどのようなことを?

直也さん:「参加者は市内の方がほとんどですが、市外の方も合わせて1回に40人程で半数が子ども達です。最近は常連さんも多く、真冬と真夏以外の年6、7回開催し、1人300円の保険料は頂いています。たき火や砂山、葉やドングリの工作、木に吊るしたブランコ、コマ回し、流しそうめん等を企画しています。先日は、たき火の前に2時間ずっといた親子は“火を見てて楽しい!子どもとやったことがなかった!”と楽しそうに話してくれました」。

🎤皆さん、植木畑は新鮮でしょうね。

直也さん:「私は普段から“どうぞ畑に木を見に来ていいですよ”と言ってますが、なかなか用事もない限り人の畑には入らないです。結果的には遊び場イベントで植木畑に入ったことで、植木屋さんの間口が広がった感じがあります。植木屋さんの仕事内容を聞かれたり、体験をしたいとか言われていますし、植木屋の仕事や木に興味を持ってもらえたことは嬉しいです」。

🎤イベントの企画や案内はどうされているのですか?

直也さん:「妻が積極的に企画やチラシを作成してくれて、InstagramとLINEの公式アカウントを使用して案内をしています。

直也さんの奥様の舞さん:「私の方が乗り気で楽しく企画しています。夫はピカイチ記憶力がいい真面目担当で、私はおちゃらけ担当です。マルシェに行ってフェイスペイントの方やキッチンカーの方と仲良くなってうちにも来てもらったり、マツのフレッシュな匂いのアロマオイルも作り始めました。…舞さんはコミュニケーション能力が高く明るい奥様です。

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🎤若い人は発想が違いますね。

小畑勝裕さん:「私の時代は、植木屋の華やかな時代でしたが、親の後を継げば間違いないという確証的なものがありましたが、今は時代が変わりました。だから息子が法学部に行った時から、“自分のやりたいことをやればいい”と思っていました。稼業を継ぐとは想定外でしたし、息子たちがチャレンジすることには口は出しません」。

🎤どちらの法学部ですか?

直也さん:「国立大学の法学部です」…びっくりです。

🎤正直、法学部の勉強をされてても。いつかは植木屋さんに戻るつもりでしたか?

直也さん:「家の稼業のことは昔からずっと頭にはありました。卒業の年に東日本大震災が起きて、気仙沼の大島にボランティアに行った時に、津波の震災後に頑張っている方々の背中を見て、その時に考えさせられました。自分も稼業を継ごうと思いつつ、企業に4年半勤めた後に実家に戻りました。母だけは戻ることに反対してました(笑)。最初は木の名前も知らないし、スコップもハサミも握ったことがなくて一から植木の勉強でした(笑)。

🎤お父様のようにマツの仕立物の技術も勉強されているんですか?

直也さん:「今は父の技術を見よう見まねです。」

舞さん(直也さんの奥さん):「そう言う割には、記憶力や覚えるコツ、知識を入れることはすんなり出来ている感じです。植木に向かっているお父さんは別人で格好いいです。スイッチがあるんでしょうね(笑)」。

🎤会社の歴史は長いのですよね?創業は?

勝裕さん:「昭和6年からの創業93年目です」

🎤もうすぐ100周年ですね! どのような木の生産をしてきたのですか?

勝裕さん:「昔からはイヌマキ、クロマツ、ゴヨウマツの仕立物を作っています。他は生け垣用の苗木、イヌマキの苗木や、ナギ、一般的な常緑高木と、卸が半分ぐらいです」。

🎤造園業は全くされないのですか?

勝裕さん:「私は、植木生産の商売1本です。人それぞれですが、うちの先代、先々代は、二足の草鞋を履くなという考え方がありました。造園業を兼務した方が商売にプラスになることは分かっていますが、うちの畑が手薄になります。また、お客さんである工事屋さんや庭師さんの仕事を取るようなことをするな!っという教えがありました。それに私自身が、植木が好きで自分の畑が荒れることが許せないんです。依頼で“うちの植木を引き取ってほしい”と頼まれると、荒れた植木でもついつい可哀そうになり持ち帰ってしまうので、今は行かないようにしています(笑)」。

🎤勝裕さんのマツの仕立物の技術はいつから継承したのですか?

勝裕さん:「私も40歳過ぎた頃から職人さんの見よう見まねで、沢山失敗もしながら覚えてきました。仕立て方は、職人さんの個性があるので一人ひとり違います。この浜北はマツの生産地だけど、最近はマツを仕立てる職人が減少しています。でもうちの奥さんもマツの手入れは上手です」。

🎤奥様もマツの仕立てを?

勝裕さんの奥様の明子さん:「私はマツの芽を摘んだり古い葉を揉んで落としたり、基本的な細かい手入れはしています」。

勝裕さん:「寒い中も一生懸命してくれるし、細かい作業は本当に上手なんです。だから助かっていますし、感謝してますって!」と照れながら話してくれました。

🎤抱負をそれぞれお聞かせください。

直也さん:「もちろん、代々続いたマツの仕立物の継承、技術の継承も重んじていきたいと考えていますが、時代に沿った植木屋としてInstagramで広げたり、圃場開放、植木の可能性を広げてアロマオイルを販売したりと新しいことにチャレンジしていきたいです」。

勝裕さん:「だいぶ息子には任せていますが、うちは会社名には“松”が付いているし、皆さんも“うちの所、浜北に行けばマツがある”と思って来てくれるので、その期待を裏切りたくないです。浜北はマツを全国に販売してきた歴史があるので、それを俺の代で止めたくないです。生産者も仕立物も減少したら、浜北はマツの生産地でなくなって、誰も浜松を振り向いてくれなくなってしまいます。だから、私が出来る限りは“意地でもマツを作ってやろう!”と思っています。プライドというか意地です」…“植木屋さんの意地”が格好いいと思いました。各々が各々の仕事をし、得意なことを尊敬し合う素晴らしい家族(チーム)です。